そこなお前様、少し話しをせんかね?
なぁに、ただの世間話だよ。
あぁ、わしが見えないのだね?声だけが聞こえる事が恐ろしいと?
見えるものだけが世界の全てでは無いのだよ。
働き過ぎのお前様は、彼岸に渡ったのかと心配されておられるのかの?
心配せずともここは現実世界じゃし、お前様は生きておられるよ。
安心して話して行きなされ。
そうか。ではちとこちらの話しを聞いてくれるかね?
ありがとう。何、時間はかからんよ。
私はね、掻き混ぜてきたのだよ。
一つのものを2つに、あるいは数多を一つに。
混ぜて混ぜて、ただ只管に。
じゃが、どうしても離反してしまう時もあった。
全てを一つにするのは、それは骨の折れる作業さね。
それでも止めてはならぬのさ。
なぜって、それがわしの役割じゃからのう。
じゃが、掻き混ぜるだけでは飽いてしもうて、ついいたずら心での。
泡を立ててみたのだ。
するとどうだ、途端に調和が進んだのじゃよ。
ただのいたずら心が、どこでどう転ぶか分からんものじゃの。
何事も一期一会と言うではないか。
音も匂いも温もりも手触りも、ここで姿の見えぬ者の声を聞いた事も、どんな次の出来事に繫がるか。それは誰にも分からんのじゃ。
だからの、お前様。
そんなにしょげなくても大事ない。
先ずは一服して行かれよ。
…
…
…
なんじゃ、気づいておったのかね?
そう、わしは『茶筅(ちゃせん)』じゃよ。
息が詰まった時には、ゆっくりと茶を点て静かに己を見つめる時間も一興じゃて。
